１，強風
ついに、その日はやって来た。
舞阪の海は、朝のうちは、風はゆるやかに流れていたが、
やがて、砂をさらさらと動かし始め、正午を過ぎると、
砂が飛びはじめた。
来た。
風速１４、５メートルの強風がやってきた。
風が上がるとともに、波もサイズアップする。
俺は、駐車場のそばで、７５リッターのウェイブボードにフィンをつけ、緊張しながら、４．４㎡のセイルを張った。
海までの距離が、やけに遠く感じる。
横風をうけるため、道具を運ぶのがつらい。
海がうなっている。
近づくにつれて、呼吸が苦しくなる。
緊張しているのか？
沖出しの流れがある地点まで行く。
俺は深呼吸をひとつした。
２，出艇
さあ、いくぞ。
道具を抱えて海に入る。
波が来た。
越えながら歩いて進む。
腰くらいの深さになる。
越えた瞬間、俺はボードを海に下ろして、飛び乗った。
もう、ためらってはいけない。
躊躇すれば、波にやられてしまう。
俺は必死にパンピングし、風のないインサイドエリアの突破を図った。
また、波だ。
ここが一番やばい。
越えると、いきなり風が入り、俺はバランスを崩して海に落ちそうになった。
絶対に沈できない。
ここで落ちると、パワーのある波に巻かれて、道具が壊れてしまう。
俺はなんとか踏みとどまった。
ボードが走り始める。
ストラップに足を突っ込む。
いきなり加速する。
今度は大きめの張った波が来た。
まだ早い。
スピードが乗らないと、ジャンプ出来ない。
俺は、ぐらつきながらもなんとか越え、
さらにスピードを上げはじめた。
３，行け！！
越えた波の背を一気に下りはじめる。
その先には、もっと張ったもっと大きな波が見える。
抜いていた体重をボードの上に戻す。
そしてハーネスをはずして、ボード上に起き上がった。
行け！！
全部ぶっちぎれ。
昔ぼんやりと眺めた、高層ビルの谷間の空、
初めて海原を走った須磨海岸、
歯をくいしばってひたすら歩いた奈良の道、
吹っ飛ばされながらも突っ込んだジャイブ、
新海浜で打ち上げられた松林を、
振り切って、扉を開くんだ！！！
４，飛んだ!!!
今だ！！
ボードが下りきった状態から、張った波に衝突し、
先端よりやや後ろの部分に波のパワーを感じる。
そして、
波を駆け上がり、顔を上に向けるとともに、ブームを上げた。
ボードが、
弾かれたように、
波から
飛び
出
し
た
．
。
何の抵抗もない。ずっと下に、海が見える。
飛んだ！！！
荒野のようにひろがる空が、ずっと向こうまで見える。
ほんの数秒のはずなのに、長い長い時間。
喜びという感情が、心臓から全身に急速に広がっていく。
神経が、胸が、しびれる。
今、飛んでるんだ！！！！
目の前にあった壁が、今、確かに取り除かれ、見えなかった未来が俺の前にくっきりとその姿を現した。
俺には行けないと思っていた、向こう側が見えてきた。
ほんのわずかな一歩かもしれないが、その先には無限の可能性がある。
扉がついに開かれたのだ。
昔、縛り付けられてむなしい気持ちで見上げた超高層ビルの上の空を目指し、俺の鎖は解かれた。
そして、この日、たしかに俺は、自分の意思を持ち、空を飛んだ。
俺は、労を惜しまずジャンプを教えてくれたサカナさんという村櫛ローカルに、深く感謝した。
