１，爆沈皇帝、現る!!
　

　その人物は、身長は小柄だったが、体格は筋肉質でがっしりしていた。

　　なによりも注目すべきなのは、足のふくらはぎで、その筋肉は、普通の人の３倍は盛り上がっていた。

　眼光はするどく、色は浅黒く日焼けしており、ひとめで只者ではないことをうかがわせた。

　いつも朝一番にやってきて、ビーチににらみを利かせるその姿はオーラを発しており、まさに王者の風格があった。

　俺が初めて会ったとき、その人物は、最新鋭のレーシングセイルのダウンテンションを、渾身の力を込めて掛けていた。

　ところが、いつまでたっても、ダウンをいじっていた。

　俺がセッティングして、ウエットスーツに着替えをすませても、まだダウンテンションを掛けていた。

　最新鋭のレーシングセイルは、モノフィルムがみるみる傷だらけになり、バテンポケットは擦り切れて穴が開いていく。

　そして、「セッティングはこれでいいのか」と周りの人に聞きまくり、そのうち、

　「今日も吹かんなあ、帰るわ」

と言って、ごっつい車をさっそうと駆り、帰っていった。

　その人物が帰った後、なぜか必ず風が吹き、他の連中はウハウハと喜んで出艇していた。

　実は、琵琶湖は午前中、風があまり吹かない。
　琵琶湖を回っている風が北西の方向にまとまりはじめるのは午後であり、それが琵琶湖の常識であった。

　誰もそのことを言わなかったため、いつもはずしてしまっていたのだ。
　俺はおせっかいとは思ったが、その人物にそのことを教えた。

　それが、最大のライバルを作ってしまうとはつゆ知らずに。

　その人物こそ、俺の人生の目標であり、尽きせぬ体力と、類まれなる集中力で、ウインドサーフィン界にあらわれた人物。

　俺が唯一対抗できるウインドサーフィンの分野すら凌駕せんと目論む野望の持ち主、「爆沈皇帝」その人であった。　

２,高速ドライブジャイブ　

　琵琶湖は、当時、スラロームボードが全盛だった。

　これは、直線をかっとんでドライブジャイブをかますボードで、長さが２メートル台、重量は６キロ前後で、トップスピードは４〜５０キロ出る。

　水上だと高さが低いので、体感スピードは倍以上。つまり、時速１００キロのスピードで走っているように感じる。

　俺にとっては、おそろしく速い乗り物だった。

　俺が神戸の須磨海岸で乗っていたのは、オールラウンドボードと呼ばれる初心者用のボードで、長さが３メートルをはるかに超えていた。

　重量も１２〜１５キロ、スピードは２０〜３０キロ程度しかでない。

　これは、原チャリからスポーツカーに乗り換えるようなものである。

　しかし、琵琶湖　牧でウインドを再開した機会に、俺は、以前から乗ってみたかったショートボードを購入し、一からジャイブの練習をし始めた。

　ジャイブというのは、風下での転換のことである。
スピードをつけて円を描くようにまわり、真風下を越えたら、セイルを返す。
　これを止まらないようにするのが、非常に難しかった。

　練習の仕方は、爆沈派と、小器用派に分かれていた。

　主流は、小器用派で、奴らはまずジャイブができるようになることを優先し、それから回るスピードを徐々に速くしていっていた。

　小器用派は、すぐに落ちずにジャイブするようになるので、周囲からは、
　「おお、やるじゃん」
という感じで、初心者卒業、おめでとう、お前らうまいなぁ、とみられていた。

　しかし、俺は、あくまで爆沈派だった。

　あんなかっこ悪いジャイブなんて、できるかよ。
　男なら、トップスピードで突っ込んで、ぎゅんと回せ！！

　と主張し、やたらめったら突っ込んでいた。
　したがって、爆沈大王だった。(＾＾；；；

３，ＶＳ．爆沈皇帝

　こんなことをやっているのは俺しかいないと思っていたら、いたのだ！！！そんな、男の中の男が。

　俺のすぐそばで、俺以上の水しぶきをたてて爆沈し、超高級フルカーボーンレーシングボードのノーズをへし折る男、それは、あの、「爆沈皇帝」だった。

　琵琶湖の風が午後から吹くことを知った爆沈皇帝は、以前にも増してはりきってビーチにやって来て、鬼のように練習しはじめた。

　俺は、爆沈皇帝の態度がいつもデカく、車もごっついので、てっきりやくざ屋さんだと思っていて、最初に話し掛けた後、半年くらいは近寄らなかった。

　ショップの店長から、実はすごい人なのだと聞かされても、全ーったく信じていなかった。(＾＾；；
　
　しかし、この水しぶきを見て、俺はそれが間違いだとようやく気付いた。
　この男こそ、俺のジャイブライバルだ。
この男に勝てなければ、俺の明日はない。
　
　俺は初めて、俺のウインド史上で最凶かつ最強のライバルが目の前にいることに気付いたのである。

　勝負だ！！
俺は、俺は、こいつに負けたくない。

　俺の想いは、自然と相手にも伝わったようだった。
　やはり、これは宿命なのだ。
　目の前に立ちはだかる敵は、倒さなければならない。
　いくぞ！！

　俺たちの前に水しぶきは無く、俺たちの後は水しぶきだらけだ！！！

　俺と爆沈皇帝は、意地と意地を張り合って、とにかくなんでもかんでもトップスピードで突っ込み、勢いにまかせてジャイブした。
　だから、失敗するとぶっ飛んでいた。

　超オーバーセイルでジャイブに突っ込み、
ハーネスをはずしたとたん、セイルを持ちきれなくなって手を離し、
ストラップに足を突っ込んだまま水に落ちたこともある。

　ライバルが横にいるので、妥協できなかったのだ。

　あいつがあのサイズなら、俺はそれ以上の．．．、いっけー、いっちまえー、である。(^^；；

　ボードはそのままのスピードで走っていき、
俺は、ストラップが抜けなかったので、あおむけにばんざいした状態のままボードに引きずられた。

　引きずられながら横を見ると、爆沈皇帝も、あおむけにばんざいして、同じように引きずられいてた。

　まあ、大王と皇帝ではあったが、腕前はどっこいどっこいだった。
(＾＾；；；

　そのありさまを実況中継すると、こーんな感じの日々だった。
(＾＾；；；
　↓

４，今日も爆沈大王なのさ　

　うおおおお、やっべー。

　俺は、曲がりながらセイルに引っ張られ、斜め前方に爆沈した。

　俺の通っている琵琶湖　牧は、今日も午後から北風か吹いていた。

　ここはスラローム向けのゲレンデと紹介されてはいるが、北系の風は風波が立ち、そのピッチが短いため、ジャイブをするのが非常に難しい。
　
　しかし、南東の風のポイントでもあり、その時はフラットとなる。

　まあ、どっちにしろ、今日も俺は、爆沈大王となっていた。

　今日も飛ぶ飛ぶ、空を飛ぶ。

　だけど飛ぶのは人間だけ(＾＾；；

　ボードはそのまま走っていくーっ！！

　おーい、どこまで行っちまうんだよーっ、

　戻っておいで、しぇーんかむばーっく！！！

　爆沈大王は今日も行く。爆沈皇帝のお供をしながら〜っ♪
　
　ま、水の上だし、死にゃせんわ。(＾＾)

５，ジャイブが出来た！！

　このままじゃいかん、と俺は悩んだ。

　どんな手を使ってでも、爆沈皇帝には勝たなければならない。
　一歩でも抜きん出れば、相手に大きなダメージを与えることができる。

　では、ジャイブをうまく回るには、どうしたらよいのだろう。

　忙しい爆沈皇帝が、平日は仕事に励んでいるのをいいことに、俺は雑誌をひっくり返し、本を購入し、ビデオを見たりと、ひたすらジャイブ研究に励んだ。

　そして、俺なりの結論として、まず、ブームを持つ後ろ側の手を、渾身の力を込めて引き込んでみた。

　そうすると、しばらくして、セイルがぴんと立って、俺の体を引き起こし、俺が内側に倒れこみ、回った。

　ところが、俺の腕力には限りがあり、力が尽きるとセイルが引き込めず、ジャイブが出来なくなるのが欠点だった。(＾＾；；

　　しかし、ある日、小玉欣一というプロの「パーフェクトジャイブ」というビデオを見て、すべてが解決した。

　そのビデオの通りに、
俺は、まず、やや風下からアプローチし、
セイルと体の距離をやや近づけるようにして引き込み、
後ろの手はそのままに、
前の手を斜め前方横に突き出してみた。

　回った！！
　ぎゅんと回る。

　以前のやりかたより、コンパクトな回転で、コントロールも簡単だ。力もいらない。

　そして、セイル返しの直前に、前の手で刀を抜くように前方に突き出す。

　スムーズに足が前に出て、スピードに乗ってセイルが返った。

　やった。

　ジャイブが出来たぞ！！

６，爆沈皇帝その後

　爆沈皇帝に、ジャイブが出来たことを報告すると、
意地っ張りの皇帝は、

「見ていない」

とのことで、ご承認は出なかった。
挙句の果てに、ぼろくそに言われた。(＾＾；；

　そんなこんなではあるが、爆沈皇帝は、実はひそかに俺の人生の目標の人でもある。

　でも、そんなことを言うと、爆沈皇帝は増長するので、俺は決して本人に言うことはないだろう。(＾＾)

　爆沈皇帝も、やがて、華麗なドライブジャイブを決めるようになり、もはや

　「爆沈皇帝」

などとは恐れ多くて言えなくなってしまったが、
俺達の間では、やっぱり今でも、「爆沈皇帝」である。